Dr.森田の医療・介護お悩み相談室

1971年横浜生まれ。経済学部卒後、医師に。夕張市立診療所の元院長。財政破綻で病院がなくなっても夕張市民は元気だったよ!医療費も減ったよ!と論文やTEDxで発表したところ各界から総スカンを食らう。今は鹿児島県で診療・執筆・講演・研究・web発信などをしている。南日本ヘルスリサーチラボ代表、鹿児島県 参与(地方創生担当)

【社会的排除とは何か】医療費が高い県は介護費も高い?内閣府の『見える化』が明かす日本社会の実態。

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「孤独死でも野垂れ死にでもいいから自宅(独居だった)に居たいんですよ。盆と正月に自宅に帰ると、仏壇の母ちゃんに線香あげる。涙が止まらなくなるんだ。なんでここで居られないんだろう、って。『ずっとここに居たい、施設には戻りたくない』って毎回騒ぐもんだから、東京からわざわざ来てくれてる息子と嫁に迷惑かけちゃうんだ。」(90代・男性、軽度認知症あり一年前から有料老人ホームへ入所中)

 

 

 

 先日、都道府県別の「人口あたり病床数」と「県民1人あたりの入院医療費」の相関関係の記事を書きました。おかげさまで多くの方に読んでいただきました。ありがとうございます。

 

…この話、結論をざっくり言えば…

 

「県によって人口あたりの病床数は倍以上の開きがあり、とはいえ病床が多いから平均寿命が長いとか健康寿命が長いとか言うことはない。それにもかかわらず県民一人が使う入院医療費は県によって倍以上の差がある。」

 

 というところ。(詳しくはこちらを御覧ください)

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 で、数々のご意見(批判?)を頂いたわけですが、その中で多かったのが、

 

「病床の多い県は、実はその病床で介護需要を受け入れている。医療費が高い分、介護費が少ないのであれば、それは許容されるべき。」

 

 

 

 というご意見でした。

 

 たしかにもっともです。

 

 実は、僕がいた夕張市もその通りでした。財政破綻後、高齢者1人あたり『診療費』は減少しましたが、高齢者1人あたり『介護費』は増えています。…ま、医療費+介護費のトータルは減少傾向ですので、市財政面へは間違いなく貢献したと思いますが(詳細は論文に書いています。 http://www.shaho.co.jp/shaho/teiki/junpo/j2014/20141101_morita.pdf )。

 

 ということで、夕張の事例はまさに、『病床が減った分を介護で補った』、つまり「病床」と「介護」の相互補完・バーター関係が存在した、という意味でもあると思います。先程の「病床の多い県は医療費が高い代わりに介護費が安いのだから、それでいいのでは?」というご意見と、親和性の高い話ですね。

 

 一方、日本全国の話をすれば……特別養護老人ホームへの入所を希望しても『◯年待ち』と言われてしまう、そんな『待機高齢者』がなんと全国で30万人とか40万人とか……(最近減ってきているとは言われていますが)。これだけ介護施設が足りないのであれば、その分を医療が、つまり病院が受け入れているんだ!という話は、(もちろん本来の医療の使い方とは違うかもしれませんが)ある意味美談にも聞こえてきます。

 

 ということで、この話の真偽を探るべく、研究員中原くんと論文検索したりいろいろ調べたりしてたのですが、いいものがない。じゃ、仕方ないからウチで研究しようか、と言っていたらでてきました。…なんと学術論文ではなく、そして、これもまた政府・行政からの『見える化』データでした……それがこちら。

 

 

 

 

 

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内閣府・社会保障ワーキンググループ 「医療+介護」の「見える化」について②

http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/reform/wg1/280408/shiryou5.pdf

 

 

 

 

簡単に言うと…

 

『1人あたり入院医療費(75歳以上)』が高い都道府県は、『1人あたり介護費(施設居住系サービス)(75歳以上)』も高い傾向がある。

 

とのこと。

 

 結局、夕張のように小さな市単位で見れば、医療と介護の相互補完・バーター関係が成り立つように見える地域もあるけど、実際に全国のデータをとってみると決してそんなことはなく、医療の供給(需要も)多い地域は、介護の供給(需要も)多い(ことが多い)。ということなんでしょう。なんだかがっかりな感じですね(^_^;)。

 

 『1人あたり入院医療費(75歳以上)』が高い、それはつまり、『病院にいる後期高齢者が多い」ということでしょう。また、『1人あたり介護費(施設居住系サービス)(75歳以上)』が高い、それはつまり、『施設にいる後期高齢者が多い』ということでしょう。

 後期高齢者が病院にも施設にも多く居る、ということは、逆に自宅にいる方々は少ないんでしょうか…。いや、もちろん介護度が高く、『どんなに頑張っても自宅で生活できない』方々もおられます。ただ、このグラフから分かるのは、その『自宅生活が困難』と判断される基準が地域によってマチマチだということではないでしょうか。

 

 …ん?そもそもその判断は誰がするのでしょう?家族?ケアマネ?医師?・・・本来最も優先されるべき『本人の思い』に耳を傾けられているのでしょうか?冒頭の90代・男性は、『孤独死でも野垂れ死にでもいい』と言っているのに、なぜ自宅にいられないのでしょう?「これくらいの認知症・歩行困難なら、この施設・病院」と我々の社会はマニュアル的に彼らを社会から排除してしまってはいないでしょうか?

 

 Wikipediaには、『社会的排除』とは『何らかの原因で個人または集団が社会から排除されている状態である。社会的包摂(しゃかいてきほうせつ)の反対の状態である。』と書かれています。

Wikipedia 「社会的排除」 https://ja.wikipedia.org/wiki/社会的排除

 

 

 施設入所・長期入院している高齢者や障害者も、認知症患者も知的障害者も、彼らが仮に社会から排除されているのなら、これは日本社会における最大の『社会的排除』かもしれません。

 日本は、世界一の病床数を持っています。そして多くの高齢者が病院で生活しています。また、精神病床数も世界一、もちろん多くの精神障害者(知的障害者も)がそこで生活しています。そう考えると、もしかしたら日本は『世界一の社会的排除大国』なのかもしれません。

 

 こういう事を言っていると『おまえの言うことはわかるが、それは理想論だ』とよく言われます。でも、『認知症高齢者も精神障害者も知的障害者も、地域社会で見守る』(=社会的包摂、Social Inclusion)という取り組みは、実は日本でも行われている地域が実際にあるのです。

 

 石川県の社会福祉法人は、施設の壁を取り払って、施設の障害者も地域住民も一緒に銭湯の掃除をしたりして、「ごちゃまぜ」の世界を作り出しています。

 

 

  北海道の『べてるの家』や愛媛県の『御荘診療所』では、精神病院で生活していた多くの方々が地域で生活出来るようになった結果、精神病院入院患者が殆ど居なくなってしまったそうです。


 また、最新データで日本一の長寿県である長野県は、それにもかかわらず医療費+介護費は比較的低く、また高齢者有業率が日本一高いと言われています。長野県では高齢者は「社会から排除される存在」ではなく「貴重な働き手」として社会に認められる傾向があるのでしょう(…だからこそ高齢者が元気なのかも?)。

 

 

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平成 22 年都道府県別生命表の概況(厚生労働省)http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/tdfk10/dl/07.pdf

総務省統計局HP 高齢者の就業 http://www.stat.go.jp/data/topics/topi723.htm

 

 


 日本はこれから、『世界一で未曾有の高齢化社会』という荒波の時代に突入します。その時、どんな社会ならみんなが笑顔でいられるのか。どんな社会なら子どもたちの世代にツケを回さずに済むのか。現状のような『高齢者も障害者も社会的排除』してしまう世界は果たして生産性の高い社会なのか。…しっかりと議論してより良い社会を子どもたちに残したいですね。

 


最後に、先日掲載誌したマンガを貼っておきます。

 

 

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