Dr.森田の医療・介護お悩み相談室

1971年横浜生まれ。経済学部卒後、医師に。夕張市立診療所の元院長。財政破綻で病院がなくなっても夕張市民は元気だったよ!医療費も減ったよ!と論文やTEDxで発表したところ各界から総スカンを食らう。今は鹿児島県でフリーランス医師。懲りずに執筆・講演・研究・web発信など儲からないことばかりやっている。

リアル「北の国から・黒板五郎さん」

 

f:id:mnhrl-blog:20170409160020p:plain

 

 

 〜僕と松野さん出会いは平成21年の夏だった。松野さんの奥さんが癌を患い、都市部の病院から在宅緩和ケア(治療困難な末期がん患者さんに対して痛みの緩和を主目的に行われる医療のこと)の依頼があったのだった。松野さんと奥さんとは夕張で二人暮らしだった。元来がそば職人一筋で、介護の経験のなかった松野さんは、奥さんの闘病生活を見ること、またそれに寄り添い看病することになかなか慣れず、大変な苦労をされていた。そんななかでも、ご自宅で生活したいという奥さんの希望を受け入れ、最後の最後まで在宅生活を支え続けた。僕は、奥さんが亡くなった後も松野さんのお店「蕎麦天国」に通った。それは、亡くなった患者さんご家族のアフターケア(グリーフケアともいう)という格好のいいものではなく、単純に松野さんという人間が好きだったから、その松野さんが作る蕎麦の味が大好きだったからだ。
 夕張から九州に戻って1年、今回僕は「そば天国」の懐かしい店を訪ねた。当時のお気持ち、そして松野さんの現在・未来のお話を聞くために。その古めかしい木造家屋の引き戸を引くと、松野さんは変わらない笑顔で迎えてくれた。

 

 

f:id:mnhrl-blog:20170409165418j:plain

 

 

松野「や〜、久しぶり。よく来たね。どうだ、こっち(北海道)は寒いだろー。」

 

森田「そうですね〜。でも、肌がキリッとして、なんか気持ちが良いですよね。」

 

松野「それはこの店に来たからだな(笑)」

 

森田「そうかもですね(笑)。お店も変わらず、松野さんもお元気そうですね〜。」

 

松野「結構変わったよ。生活はね、今、ばあちゃんと一緒だから。」

 

森田「あ、義理のお母さん、ご自宅に帰られたんですか?」

 

 〜亡くなられた奥さんのお母さん(義理のお母さん)は、以前から老人ホームに入所していた。ご本人は自宅生活の願望が強かったが、奥さんの闘病や看病、更にはお店のこともあり、松野さんは自宅に引き取る決断ができずにいた。〜

 

松野「帰りたい帰りたいって言い続けてたからさ。でも、パーキンソンは進んでるし、『帰りたいっ』ったって、オレ1人でどうすんのさ、って言ってたんだけど、仕方ないよねー。本人が帰りたいってきかないんだから。もう1年家で見てるよ。」

 

森田「へ〜、よくお一人で引き取られましたねー。凄い!なかなか出来ませんよね。お店もあるし、大変でしょ〜。・・今、パーキンソンはひどいんですか?」

 

松野「立ち上がるのなんかは危なっかしいね。歩くのは、まあヨチヨチで歩いてるよ。ゆっくりね。薬もたっぷり飲んでる。あんなもん効かないのにさ。効かないだろ?だって治んないじゃんか。薬なんか飲んだっていいことない。副作用もあるし、だんだん薬に頼るようになる。」

 

森田「いやいや、パーキンソン病は薬が効く方の病気ですけどね(笑)・・。奥さんの時の痛み止めの麻薬なんかはよく効いたし、頼りになったでしょ?」

 

松野「あれはよく効いたね。家で慣れない看病してるこっちの身にしてみりゃさ、頼みの綱だったよ。」

 

森田「で、今はばあちゃん、訪問診療を受けてるんですか?」

 

松野「あ〜、昨日も来てたよ。市立診療所から先生が。ま、考えてみりゃ、年寄りは先生たちにとっちゃ商品みたいなもんだもんね(笑)。」

 

森田「ギクッ!^^;・・ま、そういう面もあるけど・・。そういう面だけじゃないんだから~(笑)。・・もう、松野さんにはかなわないな〜」

 

松野「ハハハ。ま〜そう言わないでさ。久しぶりにこの店に帰ってきたら懐かしいでしょ?。馬鹿ばっかし言ってさ。」

 

森田「そうですね。言いたい放題ですもんね(笑)」

 

 〜松野さんは、札幌でそば店を成功させ、支店をいくつも出したそば職人。3人息子さんにそれぞれ支店を任せたあと、山間部の夕張のなかでも特に山間部(南部地区)で、自ら廃材を集め、小屋を作り、そこで自給自足的生活をしながら、半隠居的なそば店を始めたのだ。また、店のすぐ上の廃校跡ではこれまたお手製の小屋と露天風呂の風流な宿泊施設も作って、お客さんをもてなしている。夕張市の南部地区は、もう殆ど人が住んでいない、市内でも有数の過疎集落だ。しかも、山奥で標高も高い。人家の明かりのない山中で見る星空は、筆舌に尽くしがたい絶景だ。
 松野さんは、その廃校跡の校庭を蕎麦畑に開墾し、また鶏やヤギを飼育し、ほぼ完全自家製の素材で蕎麦を提供している。もちろん蕎麦は手打ち。薪と釜で煮出す蕎麦ダシの味は、どこの店にも負けない本格的なものだ。他では絶対に味わえないその蕎麦の味は格別で特別。実は蕎麦天国の蕎麦は、知る人ぞ知る、夕張の隠れた名物なのだ。僕は、松野さんの楽しい話と、忘れられないその蕎麦を味わいに、夕張に来た時は必ずそば天国に訪れるのだ。〜

 

 

f:id:mnhrl-blog:20170407160123j:plain

 

 

松野「こっちは17歳から。元は東北。手癖の悪い父親だったからさ、母親と『逃げよう』って言ってね。17歳で。母親が『できるだけ遠くに行きたい』って言うから、北海道の先っぽの稚内に行こうとしたんだ。オレだけ先に行って仕事見つけとく、って先に出てさ。そしたら函館で乗る電車間違えて釧路行きの急行に乗っちゃったの。で、釧路に着いたらさ、蕎麦屋さんの張り紙があった。で、『働かせてください』って頭下げたら、断られた。当たり前だよね、どこの馬の骨かわかんないんだから。だけど行くとこもないし、金もないから、『なんとか一晩だけでいいから泊めてください』って言って。そしたら『一晩くらい泊まっていきなさい』って言ってくれたのが始まりさ。で、一週間後に母親が来て。」

 

森田「で、そこで修行して?」

松野「そう、で、嫁さんと知り合って、でも結婚する前に母親は胃ガンになっちゃって、治療費の為に借金50万こしらえてさ。50万返すのに必死だったね。嫁さんに会わずに死んじゃったけどね。で、大楽毛(おたのしけ)で独立して、子供3人男の子出来て。」

 

森田「その後に札幌に。」

 

松野「そう。大楽毛の店も繁盛してね。で、札幌に移って。」

 

森田「で、夕張に?」

 

松野「そう、札幌の店は子どもたちに任せてね。夕張で店構えてさ。自分に負けたくないから。ゴールなんてない。ただ、やめた時が終わり、それまでは終わりじゃない。」

 

森田「まだまだ現役ですもんね。」

 

松野「そうだよ。だから死ぬまでお客さんの為に蕎麦打つ。市長(夕張市の鈴木市長)がここに来た時にも言ったさ。何して欲しいって言うからさ。違うって、国や市から何をしてもらうか、でない。自分が国や市に何をしてやれるか、だって。」

森田「じゃ、財政破綻の時も、びくともしなかったんですね。」


松野「そんなもん関係ない。自分で好きに商売してるんだから。商売をテコにして、どんだけ国や市にしてやれるか、ってことさ。だからね。名誉とかさ、お金とか、そういうのはその日のうちに忘れなさい、って言うの。金があるばっかりにみんな体ボロボロにしてる。金があるから遊ぶ、金があるから夜更かしする。金があるから昼間ゴロゴロしてる。それで体壊す。」

森田「そうかもしれないですね〜。」

 

松野「金も最低限なかったら困るけどね。それ以上はいらない。金じゃなくて自分の体を鍛えないと。子どもたちも言うよ、『父さんなんでそんなことしてんだ、しなくても生活できるだろ』って。でもね、『父さん、自分の為にやってんだよ。遊んでてなんかいいことあるのかい?遊んでりゃ人に迷惑かけるし、働いてりゃ人の役に立つ。』って。そう思うから、誰に何言われようが、ここで頑張ってるんだよ。」

 

森田「なんか言う人いるんですか?」

 

松野「言われる言われる!『あの欲たかりが、また金儲けてる』って!『夕張のあんな山奥でどうやって金儲けできるんだよ!』って言ってやるよ。」

 

森田「そりゃ、そうですね。本当に儲けたいならここで商売はしませんよね(笑)」

松野「やっぱりさ、何十年とお世話になったお客さんとか、みんなに、こういう生き方もあるんだよって、見せたいのさ。金ばかりじゃないんだよ、って。だいたいさ、金がない金がないって言うけど、みんな贅沢しすぎてんだよ。僕と同じ真似してごらん、全然金いらないよ。子どもたちも呆れてるけどね(笑)。」

 

森田「そうでしょうね(笑)。こんな変な人いないですもん。でも、今はまだまだお元気ですけど、将来、体が言うこときかなくなる時も来るかもですよね。」

 

松野「その時は自分で決めるさ。嫁さんの最期の時、看護婦さんにさ、オシメ取り替えてもらってさ、そういう姿を見てると堪らないよね。もうすでに生きてるのか死んでるのかわからない。自分はいままで散々好きにしてきたんだから、自分の人生を満点に暮らして来たんだから。もうとっくにお迎えがきてもいい年なんだから、自分の身ぐらい自分で引ける。なんとでも覚悟ができてる。」

 

森田「なるほど、覚悟ができてる・・・凄いですね。」

 

松野「でもね。全ては誰のためじゃない。自分のためにやってんだ。婆ちゃんといっしょに住み始めたのも婆ちゃんのためじゃない、自分のため。」

 

森田「自分のためですか…なかなか言えない言葉ですよ。」

 

松野「それは人生の覚悟が出来てないってことだ。・・・そういえばね、また上に作ってんだよ。」

 

森田「へ〜? 何をですか?」

 

松野「新しい宿さ。今のじゃ狭すぎてどうにもならんから」

 

森田「また小屋作ってるんですか?でも今(冬)じゃなくて、夏でしょ?」

 

松野「冗談じゃないよ。今作ってんの。もうチョットしたら保健所の認可降りるから。」

 

森田「この寒いのに!今また大工仕事してるんですか?!?」

松野「いつ死ぬかわかんないからさ。やりたいことやってんだ。早く死にたいんだけどね(笑)。」

 

森田「いやいや、全然死なない(笑)あと30年くらい行きそうだけど!」

 

松野「まだ山も登るしね。こないだも、仲間と夕張岳の頂上行って泊まってきた。テント張って泊まったんだよ。寒〜くて寒くてね。こないだ大学生が泊まってってね。しきりに感激してたよ。で、おじさん変わってるね、って言ってた(笑)。」

 

森田「そりゃそうだ。こんな爺ちゃんいないもん(笑)」



 

  インタビュー平成26年2月

 

 

 

 

 若かりし頃の松野さん、山頂にて。

f:id:mnhrl-blog:20170407160132j:plain

  

 

 

   

 

 

f:id:mnhrl-blog:20170316073327j:plain

森田 洋之

1971年横浜生まれ。経済学部卒後、医師に。夕張市立診療所の元院長。財政破綻で病院がなくなっても夕張市民は元気だったよ!医療費も減ったよ!と論文やTEDxで発表したところ各界から総スカンを食らう。今は鹿児島県でフリーランス医師。懲りずに執筆・講演・研究・web発信など儲からないことばかりやっている。日本内科学会認定内科医、日本プライマリ・ケア連合学会指導医。

 

 

f:id:mnhrl-blog:20170407164929j:plain

f:id:mnhrl-blog:20170328113538p:plain

財政破綻・医療崩壊・さらに高齢化率日本一。
悪条件に取り囲まれてしまった夕張市。
果たして夕張市民の命はどうなってしまうのか?‥。


破綻後に医師として乗り込んだ筆者は、
それでも夕張市民が笑顔で生活していたことに驚く。
事実、財政破綻後のデータは夕張市民に
健康被害が出ていないことを示していた。

「病院がなくなっても市民は幸せに暮らせる! 」

もしそれが事実なら、一体なぜなのか?

本書は、その要因について、先生(元夕張市立診療所所長)と
生徒2人の講義形式でわかりやすく検証してゆく。
夕張・日本・世界の様々なデータを鳥の目で俯瞰し、
また夕張の患者さんの物語を虫の目で聴取するうちに3人は、
夕張市民が達成した奇蹟と、その秘密を知ることとなる・・。

少子高齢化や財政赤字で先行きが不透明な日本。
本書は、医学的・経済学的な見地から日本の
明るい未来への処方箋を提示する希望の書である。

 

森田洋之 著

 

f:id:mnhrl-blog:20170310155238p:plain