Dr.森田の医療・介護お悩み相談室

1971年横浜生まれ。経済学部卒後、医師に。夕張市立診療所の元院長。財政破綻で病院がなくなっても夕張市民は元気だったよ!医療費も減ったよ!と論文やTEDxで発表したところ各界から総スカンを食らう。今は鹿児島県で診療・執筆・講演・研究・web発信などをしている。南日本ヘルスリサーチラボ代表、鹿児島県 参与(地方創生担当)

「胃ろうをひっこ抜いてくれ」と訴える患者さんの話。

 

 

 

 

 

f:id:mnhrl-blog:20170116145803p:plain

 

 

「先生へ、ハラの胃瘻のパイプをひっこぬいて下さい。」

 

これは、とある入院患者さんが震える手で書かれた衝撃の告白です。

(患者さんから掲載の許可は得ておりますが、

 プライバシー保護のため設定は微妙に変えてあります)

 

 実はこの方、僕ととてもご縁のある方。

以前、僕がよく訪問診療でご自宅に伺っていた方なのです。

70代男性、若い頃から慢性の神経疾患があり体は不自由でしたが、

それでもご自宅で、一人暮らしをされていました。

 

 障害はあっても頭脳明晰、漢方の大家で、著書も出されています。

訪問診療のたびに笑顔で語ってくれたのは、

宮崎の実家でお父さんが脳梗塞で亡くなった時のこと、

鹿児島の今の自宅でお母さんを看取った時のこと。

僕が、不勉強な漢方薬の使い方について尋ねると、

優しく講義してくれる、良き同業の先輩でもありました。

 

 僕の転職でここ2年ほどはご縁が切れてしまったのですが、 

どうやら、数カ月前に突然の脳梗塞に倒れ、

急性期病院での療養の後、

僕が勤めるその慢性期病院へ転院となったということでした。

 

 再会した時、彼の口は殆ど動かず、

表情も乏しく元気がないご様子。 

以前はなんとか自力でトイレまで行けていたのですが、

もう今は完全に寝たきりのようです。

 

 僕は恐る恐る、「◯◯さん、元気?」と語りかけました。

その時、彼は目を丸くして驚いてくれました。

遠目での印象では勘違いしそうでしたが、

どうやら明晰な頭脳は以前のままのようです。

でもろれつはうまく回りません。

なんとか手は動くようだったので

小さなホワイトボードを出してみると、

震えながらも動く右手で、

ゆっくりと字を書こうとされました。

でも、その字はなかなか読み取れません。

その日、彼は目だけで返事をしてくれました。 

脳梗塞の後遺症はどうやらかなり手ごわそうでした。

 

 

 

 しかし、なんと!

彼はその後の懸命のリハビリで劇的に回復したのです。

たったの数週間後で会話も書字も上達し、

しっかりと意思表示が出来るようにまで。

さすがの回復力。

「これなら食事も口からどんどん食べられるかな〜」

そんな風に思っていた矢先、

彼が僕に向けて書いたのがこの言葉だったのです。

 

「先生へ、ハラのイロウのパイプをひっこぬいてください。」

 

 

 

f:id:mnhrl-blog:20170116145836j:plain

 

 

 

僕はそのあからさまな告白に言葉を失いました。

「ひっこぬく」という表現には、

明らかな嫌悪感が込められています。

 

だいぶ口から食べられるようになったとはいえ、

食べられる量はまだまだ十分とは言えません。


僕は言いました。

「◯◯さん、足りない栄養はどうするの?」

彼は震える手で続けました。


「イロウを抜いたあとははなの管を入れれば良いと思います。

 (そもそも)イロウをしたら自宅へかえす、

 しないと施設に入れるといわれた。」と。

 

どうやら彼は、前の病院の医師かスタッフに

『騙された』と思っているようです。彼は続けます。

 

「あのときは高熱で頭がボーッとしていました。

 ふつうなら法務局人権擁護課にれんらくしたと思う。

 ・・(これを)公開する。」

 

 

f:id:mnhrl-blog:20170116144056j:plain

 

 

 まあ、物騒なことですね(^_^;)。

ことの真偽の程は分かりませんが、とにかく彼は、

 

  自宅に帰りたい

 →そのために胃瘻に同意した

 →なのに帰れない

 →騙された

 

と思っているのです。

その上で、いま僕に「胃瘻を抜け」と言っているのです。

 

さあ、こんな時、我々医療者はどうすればいいのでしょうか…??

 

もちろん、『医学的な正解』という意味で考えれば、

 

「可能な限り自由に口から食べてもらいながら、

 それでも足りない栄養分を胃瘻からの注入で補う」

 

多分、これが正解でしょう。仮に自宅に帰ったとしても、

胃瘻を入れておいたほうが介護・看護はやりやすいでしょうから。

 

 

…ではその『医学的正解』を患者さん本人が拒否したら?

おそらく一般的な医療現場では、まず、

 

「医学的な正解についてしっかり説明する(そして納得してもらう)」

 

という方向に動くでしょう。 

実際、すでに、病棟のスタッフの間ではそんな空気になりつつありました。

 

 でも待ってください。

多分、前の病院のスタッフが

『おなかに胃瘻の管を入れてきちんと栄養を補給する』

という完全なる医学的正解を遂行した時も同じだったのではないでしょうか?

今と同じような流れで前の病院でも『説明・説得』を行った結果、

『騙された、公開する』ということになったのでは?。

となると、今回も同じ展開に・・?。

…本当に医療って難しいですね。

 

 第一、頭脳明晰な彼のこと、そんな医学的正解は重々承知。

それでも胃瘻を抜けと言っているわけです…。

ますます悩ましいですね…。

 

 しかし、どうして彼はそんなことを言うのでしょう??

何度も何度も考えて、悩んだ結果、僕はこう思うようになりました。

 

「そうだよな〜、タバコだって体に悪いってみんな知ってるけど、

 それでも吸うのは自由。

 太ってたら健康に悪いってわかってても、

 美味しいものを食べるのは自由。

 オートバイで転んだら死ぬかもしれない、

 それでも乗りたい人は乗るし、バイク屋さんではバイクも売ってる。

 みんなリスクを承知で、自分の責任で人生を選択し、楽しんでる。

 それが人生というもので…全部が全部、正解を押し付けられたら窮屈。


 でも医療の世界では、ある日運悪く患者になった瞬間に、

 なんでも医学的正解、医療側の理屈に従わされる。

 拒否すると「問題患者」と言われる。

 患者さんの思いに配慮することよりも、

 医学的な正解で患者さんを『支配・管理』して

 強権的に決めるのが普通になってしまっている。

 彼のおなかの『胃瘻の管』は、そんな医療による『支配・管理』の象徴、

 いやそれに屈した『敗北の象徴』だったんじゃないかな。 

 そんなものが自分の体にいつまでもあったら、いい気はしないよな〜」と。

 

 ・・・で、結果から言いますと、

彼は自宅へ帰りました。もちろん、胃瘻の管も抜いて(^_^)。


この写真は、先日その彼の自宅に、ふと立ち寄ってお話を聞いた時のものです。

 

 

f:id:mnhrl-blog:20170116143958j:plain

 

 

素敵な笑顔ですね。

退院時は微妙だった口からの栄養量も、もう十分。

彼は、勝ちました。

 

強固に抵抗しなければ退けることが出来ない、

『医学的正解』という名の強制力から自分の自由を守りぬいたのです。

では、僕ら医療者は彼に負けたのでしょうか?

いや、そもそも……もうおわかりですよね、

そもそも僕らは戦う必要などなかったのです。

彼の人生の選択は彼の課題であって、我々の課題ではない。

医療従事者は、決して見放すわけではなく、

彼の人生に寄り添って支援すればいい。

 

それを教えてくれたのは、自宅での彼のすてきな笑顔でした。

 

 ・・とはいえ、今後彼がまた食べられなくなるかもしれません。

その時どうしましょう?

彼なら、その時なんて言うでしょう?

意識がなく、答えてくれなかったら?

 

そこにエビデンス(過去のデータから得られた医学的正解)はあるでしょう。

しかし、たとえどんな状況になっても、

彼の人生にとっての正解はまた別にあるのかも知れません。 

 

 

僕ら医療従事者はそこまで思いを馳せなければ、

本当に彼が満足する医療を提供できないのでしょう。

(今度彼に下手な医療を提供したら、本当に訴えられるかもしれません(^_^;))

 

 医療って、本当に難しいですね。

正解なんてない。でも、だからこそ面白いし、やりがいがある。

そこまで考えることが本当の「患者中心」の医療 なのかもしれません。


 その日僕は、彼とひとしきり笑いあったあと、彼の自宅をあとにしました。

 

 「自由を勝ち取った」彼を背にして僕が向かうのは、

『医学的正解による支配・管理』が渦を巻いている病院の世界です。

 

 さあ、今度は何が起こるかな?(^_^;)



 未来に残すべき
『価値あるアイデア』を。

 

 

 

f:id:mnhrl-blog:20170215085310p:plain

★★★★★★★★★

日本医学ジャーナリスト協会
優秀賞受賞作品(2016)
★★★★★★★★★

財政破綻により病院がなくなってしまった夕張市、
しかも高齢化率は市として日本一。
果たして夕張市民の命はどうなってしまうのか?‥。
しかし財政破綻後のデータは、夕張市民に健康被害が 出ていないことを示していた。

事実、夕張市民は笑顔で生活していた。
「病院がなくなっても市民は幸せに暮らせる! 」
それが事実なら、それはなぜなのか?

本書は、その要因について、先生(元夕張市立診療所所長)と
生徒2人の講義形式でわかりやすく検証してゆく。

夕張・日本・世界の様々なデータを鳥の目で俯瞰し、
また夕張の患者さんの物語を虫の目で聴取するうちに3人は、
夕張市民が達成した奇蹟と、その秘密を知ることとなる・・。

少子高齢化や財政赤字で先行きが不透明な日本。
本書は、医学的・経済学的な見地から
医療・介護・地域社会の問題を鮮やかに描き出し、
日本の明るい未来への処方箋を提示する希望の書である。

森田洋之 著

 

f:id:mnhrl-blog:20170310155238p:plain