Dr.森田の医療・介護お悩み相談室

1971年横浜生まれ。経済学部卒後、医師に。夕張市立診療所の元院長。財政破綻で病院がなくなっても夕張市民は元気だったよ!医療費も減ったよ!と論文やTEDxで発表したところ各界から総スカンを食らう。今は鹿児島県でフリーランス医師。懲りずに執筆・講演・研究・web発信など儲からないことばかりやっている。

禁煙・食事・運動…そんな事分かってる!現場の医師ー患者関係に学ぶ行動変容学。

 

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「『俺は忙しいんだから、ごちゃごちゃ言わずに

 糖尿と血圧の薬だけ出してくれればいいんだ』

 って言われたんです。」

 

彼は、ポツリと呟きました。

ある飲み会で、研修医3年目の先生と隣り合わせになった時のことです。

どうやら、外来診療を始めたばかりで、迷いの中にあるよう。

彼は続けます。

 

「その患者さん、胸ポケットにはタバコの箱が入ってるし…。

 僕もイライラしちゃって、少し強い口調で

 

 『まだタバコはやめられないんですか?

  どんなにいい薬を飲んでもタバコの害のほうが大きいんですよ!』

  って言っちゃったんですね。

 

 一応は黙って聞いてくれてましたけど…。

 …多分患者さんは納得していないと思います。

 …次の外来はもう来てくれないかもしれません。

 先生ならこんな時どうされるんでしょうか?」

 

盛り上がってる飲み会の途中での真面目な質問に困惑しながらも、

僕は襟をただし直し、腰を落ち着けてじっくり話を聞くことにしました。

 

「そうだね〜、たしかに。難しいよね〜。

 患者さんは本当はわかっているのかも知れないけどね・・・

 でも行動を変えられない。変えたくないのかな?

 こういう患者さんはよく居るよね。

 でもな〜…それも彼が選択したことなんだからそれでイイんじゃない?(笑)」

 

「え!?そんないい加減なことでいいんですか?」

 

「いやいや冗談…いや、本当は冗談でもないけどね。」

 

「どっちなんですか。」

 

「うん、たとえば、タバコだけどさ。タバコは健康にとってかなりの危険因子だよね。

 だけど、90歳を超えても元気にタバコを吸ってるお爺ちゃんもいるよね。

 もしかしたら彼はこう思ってるかもしれないよ。

 『タバコのリスクなんて、タバコの箱に書いてある。

  イヤって言うほど知っている。でも俺は吸いたい。

  どうせ一度は死ぬんだ。もし肺がんで死ぬようなことがあっても、それも運命。

  でも、絶対にそうなるっていうわけでもないことも知ってる。それも運命。

  だからほっといてくれ』

  ってさ。」

 

「……たしかに。そうかもしれませんが…医師としてそれを認めたら…」

 

「ほら、いつもデビッド・ワーナーのイラスト、あれと一緒。

 ◯◯くんの今日の外来は、自分の正解を一方的に押し付ける、

 という意味で、まだ左の関係性なんじゃないかな。」

 

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「……あのイラストですね…でも、

 診察のなかで医学的に正しいことを説明するのは、間違いなのでしょうか。」

 

「そうね〜。

 実は僕も医者になってからずっと迷っているんだ。その迷っている中でも、

 これまでの過程で3段階のステップを経験しているんだよね。

 まず1ステップ目は、〇〇君と同じ所、

 『医学的正論を主張して、患者さんを黙らせて満足しちゃう段階』

 これ、言ってる方は正論言ってるから達成感も満足感もあるんだけど、

 結局は患者さんが次から来なくなっちゃう(笑)。

 あれ?目的は患者さんの健康だったのに、

 これじゃ全然その目的に向かっていっていない…

 医学的正論というのは現代社会において絶対的正義。とてもよく切れる刀なんだ。

 だから、丸腰の患者さんは、それを振りかざされたら

 『素直に切られる』か『逃げる』か、しかない。

 となると、大多数の患者さんは、藪に逃げ込んでしまう…

 診察室に来るのは『素直に切られる』お行儀のいい一部の患者さんだけ…

 そんな選択的な患者さんだけを診て、王様気分で切りまくっている……。

 

 …でもそれって本当に市民の健康に貢献できてるの?・・・ってこと。

 あ、でもね、僕なんか医者になって10年目くらいまでここに居たから(笑)

 3年目でこの段階に満足せずにしっかりと悩んでいる◯◯くんは

 いいほうだと思うよ。

 

 で、2ステップ目。これはその反省も込めて、こちらが引き下がってしまう、

 『患者さんの言うままに優しくニコニコと薬を出すという段階」

 医者が怖くないから患者さんは藪から出てきて診察を受けてくれる。

 薬出すだけなので診察に時間もかからないし、医者も満足。

 薬ももらえるから患者さんも満足。

 これぞ患者中心の医療!って思うでしょ?

 でもそれは違う。

 たしかに、薬は処方できてるので疾患の管理という意味では

 1ステップ目より進歩しているけど、

 結局まだデビッド・ワーナーの左の関係性のままなんだよね。

 「この薬を飲んどきなさい」

 「ありがとうございます先生!」

 でも患者さんは診察室を出たら舌を出して、

 薬を飲まずに捨てているかもしれない。

 タバコを吸ってるかも知れない。

 …これって本当に市民の健康に貢献できてるの?

 

 これは『消費者』意識に迎合する医療。

 とっても陥りやすいトラップなんだけど、ここで止まってはいけない。」

 

「では、どうしたら『タバコをやめよう』と思ってもらえるのですか?」

 

「それが僕の3ステップ目。『患者さんの味方になる医療』」

 

「味方になる?」

 

「そう。もう『タバコをやめてもらおう』とか

 「運動・食事に気をつけよう」とかいう目標は一旦忘れて、

 『味方になる』ことを目標にするんだ。」

 

「味方になる…ですか…。」

 

「そう、だって、他人の行動を変えるって、とっても難しいこと。

 そもそもおこがましいことだよね。

 患者さんが『ホットケ』って思うのも当然。

 だから基本的にほぼ不可能な世界だと思ったほうがいい。」

 

「…不可能ですか、たしかにそうかもしれませんが…」

 

「そう。ほぼ不可能なんだ。

 でも、そこにほのかな光、少しの可能性があるとすれば、

 自分の事を親身になって考えてくれる、味方になってくれる、

 この人は仲間だ、と思える人の言葉なんじゃないかな〜、と僕は思ったんだよね。

 どんな正論でも、上から一方的に押し付けられたら、人は反発する。

 それってつまり患者さんにとって遠い存在、『敵』になっちゃうことなんだよ。

 敵が言っている意見なんて、正しかろうが間違っていようが関係なく、

 そもそも聞く耳持たないでしょ。

 自分の事を信頼してくれて、支えてくれる。

 そんな人の言葉でないと本当に心には響かない。」

 

「でも、味方になるって、どうやって…」

 

「そうだね〜、味方になる、仲良くなる方法は、いろんな方法があると思う。

 それは、『患者さんの話をじっくり聞く』ことかもしれないし、

 共通の趣味を探すことかもしれない。

 医師ー患者関係だけでなく地域の人間関係の中に身をおくことも必要かもしれない。

 胸ポケットのタバコを見てもグッとこらえて、

 全然別の楽しい話をすることも必要かもしれない。

 僕らが長年かけて磨いてきた「よく切れる刀」=医学的正論は

 一旦どこかに置いてきて、「白衣」という鎧もどこかに置いてきて、

 こちらも丸腰の状態で彼らと向きあう。

 そんな対等な関係を演出できて初めて、

 患者さんの「味方」になれるんじゃないかと思ったんだ。

 

「刀を捨てる…ですか。」

 

「いや、刀も鎧も捨てる必要はないし、どんどん磨くべきなんだけどね、

 患者さんに向き合う時は一旦それを忘れて、こちらも丸腰になってみようかな、

 ということ。
 
 そんなことをしているうちに、ごく一部の人が

 『そういえば裸の付き合いをしてくれてオレのこと信頼してくれるあの先生は、

  ああ言ってたな〜、ま、チョット試してみるか』

 って、行動を変えてくれるかもしれない。

 そんな人達が少しずつでも地域に増えてくれれば、

 地域全体が変わるかもしれない。

 もちろん、そうでない患者さんもいっぱいいる。

 ま、それはそれで患者さんの自己決定なのだから、尊重しよう。

 だって、『味方になること』が目標なんだから、まぁ、それでよし。

 その代わり、たとえ彼が肺がんになっても、

 変わらず彼の味方で居続ければいいじゃない。

 ぼくの目的は薬を飲んでもらうことじゃない。

 タバコをやめてもらうことでもない。

 医学的正論を押し付けて逃げられるより、

 患者さんの言いなりに薬を出して、薬を飲んでもらうより、

 みんなの味方になって、みんなの自己選択をさり気なく支援して、

 みんなのより良い人生を支えられたらそれでいいんじゃない?

 って思えるようになったわけ。今のところはね。

 僕のこんな考え方、どうだろうか。」

 

「う〜ん…今の僕にはちょっと難しいです。

 初めて聞くことばかりで戸惑っているのかもしれませんが…

 …まだ消化不良です。持ち帰って考えてみてもいいですか?」

 

 

ここで僕は、一つの失敗に気づきました。

『味方になること』が大事と言っているのに、

僕は全然彼の『味方になっていない』、

彼に自分の考えを一方的に主張してるだけだと……

そして少し軌道修正しました。

 

「ま、そうかも知れないね。それでもいいんじゃない?

 そういう方向性もあるんだな〜、と思ってくれればそれでいいよ。

 僕の考えは僕の考え、正解でもなんでもないわけだしね。

 いろんな情報を得て、ゆっくり咀嚼して、

 どの道を行くか自分で決めめたらいいと思うよ。

 でも、こうして深い話を出来たことも何かの縁、僕は君の味方になりたいと思う。

 どの道を選んでも、しっかり考えて選んだものなら、それが君の正解。

 僕は応援する。

 だから、これからもこうしてたまに一緒に飲んで、

 相談に乗らせてくれないかな〜(^_^)」

 

「ありがとうございます。なんだか涙がでるくらい嬉しいです…

 ありがとうございます…」

 

そう言いながら彼はトイレに立ち、

そしてとても晴れやかな顔で、帰ってきました(^_^)。

もしかしたら、彼も孤独に一人で悩んでいたのかもしれません。

 

患者さんの行動変容も、研修医の行動変容も一緒なんですね。

人の心を動かすのって『味方になる』ことからしか始まらないのかも…。

また一つ勉強になりました。

さあ!彼は今後どうなっていくのでしょうか?

2〜3年後がとっても楽しみです。

 

 

 

 

 未来に残すべき
『価値あるアイデア』を。

 

 

 

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爺ちゃん婆ちゃんが輝いてる!
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最期は家族のようにお看取りまで…

…辛い・暗いの介護のイメージをくつがえす
「あおいけあ」流介護の世界。
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される講義の受講生はおなじみのYさんとN君。

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まさにこれが目からウロコの次世代介護スタイル。

 

超高齢化社会も、これがあれば怖くない!

 

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★★★★★★★★★

日本医学ジャーナリスト協会
優秀賞受賞作品(2016)
★★★★★★★★★

財政破綻により病院がなくなってしまった夕張市、
しかも高齢化率は市として日本一。
果たして夕張市民の命はどうなってしまうのか?‥。
しかし財政破綻後のデータは、夕張市民に健康被害が 出ていないことを示していた。

事実、夕張市民は笑顔で生活していた。
「病院がなくなっても市民は幸せに暮らせる! 」
それが事実なら、それはなぜなのか?

本書は、その要因について、先生(元夕張市立診療所所長)と
生徒2人の講義形式でわかりやすく検証してゆく。

夕張・日本・世界の様々なデータを鳥の目で俯瞰し、
また夕張の患者さんの物語を虫の目で聴取するうちに3人は、
夕張市民が達成した奇蹟と、その秘密を知ることとなる・・。

少子高齢化や財政赤字で先行きが不透明な日本。
本書は、医学的・経済学的な見地から
医療・介護・地域社会の問題を鮮やかに描き出し、
日本の明るい未来への処方箋を提示する希望の書である。

森田洋之 著

 

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