Dr.森田の医療・介護お悩み相談室

1971年横浜生まれ。経済学部卒後、医師に。夕張市立診療所の元院長。財政破綻で病院がなくなっても夕張市民は元気だったよ!医療費も減ったよ!と論文やTEDxで発表したところ各界から総スカンを食らう。今は鹿児島県でフリーランス医師。懲りずに執筆・講演・研究・web発信など儲からないことばかりやっている。

衝撃!人口10人・高齢化率100%の集落…それでも「死ぬまでここに居たい」と笑顔の理由とは。

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 先日、NHK鹿児島の18時台のニュースで

「人口10人・高齢化率100%の集落」の特集がありました。

 

「人口10人・高齢化率100%」

しかも「最寄りの病院まで車で1時間」!

 

…なんて聞くと皆さんは、

 

「まあ心配!何かあったらどうするの?」とか

「みんなで都会に出てくれば安心なのに・・」とか
「さぞかし大変でしょうね〜」とか、

 

どちらかと言うと「なんとかしなきゃ!」という方向で考えられるかもしれません。

 

  

 

でも番組に出てくるお爺ちゃん・お婆ちゃんはみんな笑顔で

 

「死ぬまでここに居たい」と言います。

 

 

 

 

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「死ぬまでいたいの」って…皆さんとても楽しそう。

 

「大変!」とか「なんとかしなきゃ!」とは……

あまり思っていなさそうですね(^_^;)。

 

 

実は僕も先日、こちらの大浦に行ってきました。

 

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大浦の入口の看板(著者撮影)

 

 

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大浦から見下ろす太平洋の絶景(著者撮影)

 

 

 

そこで偶然お会いしたAさん(大浦で一人暮らしの80代女性)は、

笑顔でこう話してくれました。

 

「子どもたちはみんな本州とかの都会に出たよ。

 みんな遠くで心配してる。

 私も80すぎの婆ちゃんになって、腰が曲がって畑に行くのも大変だしね〜。

 それでもやっぱりよそには行きたくない、最期までここにいたいよ。」

 

話がはずんで、最後は缶ジュースまでいただきました(^^)。

 

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(右がAさんの家、この坂を降りると畑。畑も道もきれいにしている。)

 

 

 

住民の幸福とは

 

 

 Aさんの話を聞きながら、僕は思いました。

「そもそも、大浦のお爺ちゃん・お婆ちゃんの幸福とは何なのだろうか」と。

 

番組中では地域のお婆ちゃんたちが

「どこに行っても大浦のようないいところはないよ。人間の気心もわかっているし。」

と言っていましたが、

 

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この『大浦はいいところ』という言葉には僕は2つの意味があると思います。

 

 

1,環境要因

 

まず一つは「環境」という意味での「いいところ」。

 

大浦は自然が豊かなところです。

山や畑に囲まれての晴耕雨読の生活は、都会人の憧れでしょう。

 

ただ、それは同時に自然の厳しさにもさらされるという意味でもあります。

番組中では、住民10人中最年少のSさん(それでも73歳!^_^;)が、

台風で倒れた神社の大木を見ながら、

『若い人がいないから片付けられない・・』と。

そんな悲しい現実も放送されていました。

 

 

 

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そう。

 

若者はいない、

街からは遠い、

コンビニもない、

最寄りの病院まで車で1時間。

しかも車を運転できるのは10人中1人だけ・・・。

 

 

環境要因だけで判断するのなら、

とても

「大浦のようないいところはない」

とは言えない状況です。

 

では、なぜ大浦のお爺ちゃん・お婆ちゃんたちはそれでも

「大浦のようないいところはない」

と口をそろえて言うのでしょう。

 

 

2,地域の絆

 

 

「人間の気心もわかっているし。」

 

 

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 この言葉にその秘密があるように思います。

 

 

 だって、どんな世界的な偉業でも、

それがずっと孤独な作業で、

身近な誰からも喜ばれないなら、

その仕事による幸福感はあまり感じられないかもしれません。

 

 

 逆に、たとえそれが

「ありふれた仕事」だとしても、

信頼できる仲間と一緒に

汗をかいて笑い合えるような仕事であれば、

それは大いに幸福感を持てるかもしれません。

 

 

 そう考えると、人が幸福を感じる瞬間って、実は人間関係の中で、

人と人と心の交流の中で発生するのかも・・。

 

 

 となると、大浦のお爺ちゃん・お婆ちゃんにとって、

大浦集落での昔からの顔なじみのつながり=『地域の絆』は、

我々が思っている以上にとてつもなく価値のあるものなのかもしれません。

これは、長い時間をかけてコツコツと貯めた、

 

 

「きずな」の「貯金」と言えるものでしょう。

 

 

 大浦のお爺ちゃん・お婆ちゃんを都会的な環境に、

(あくまでも善意で、良かれと思って)連れ出してしまうことは、

『畑がない』などの「環境要因」的に問題があると同時に、

「きずな貯金」という、長い時間をかけて培った財産を台無しにしてしまう、

ということなのかもしれません。

 

 

命を受け止める覚悟

 

 

 とはいえ、さすがに医療機関がないと言うのは不安ではないでしょうか。

 番組では、94歳で目の悪いおかあさんを、ヘルパーさんなどの手を借りながら介護する70代のご夫婦が映っていました。

 

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介護されているのは、さきほどご紹介の73歳最年少のSさんご夫妻です。

 

 都会の病院や施設に預ければ…

もっともっと楽に生活が出来るのに…

 

Sさんはなぜこうまでしてお母さんを介護するのでしょうか。

 

 

もしかしたらその背景には、

 

「命の終わりを引き受ける覚悟」

 

がお母さんにも、Sさんにも、

いや、集落全体にあるんじゃないかな・・。

僕はそう感じました。

 

 

地域で生まれ、

地域で育ち、

子を産み、育て、

地域で親を看取り…

そうして自分も年をとり、

その結果、人生の終盤を迎えた。

 

例え、もっと命を永らえる手段があったとしても、

地域を離れてまで、「きずな貯金」を捨ててまで長生きすることを望まない、

たとえ命が短くなっても地域で命を終えるんだ、という覚悟。

 

 

 実際に僕がお話をお聞きしたAさんからも、

テレビ画面の映っていたお爺ちゃんお婆ちゃんの皆さんからも、そんな

 

 

「地域で産まれ死んでいく人間としての自然体の覚悟」

 

を僕はビシビシと感じました。

 

 

 

生活を支える医療・介護 

 

 

 地域全体にここまでの「覚悟」があると、

実は「医療」ってあまり出番はないのかもしれません。

 

CTやMRI、入院治療などの出番があまりない…

 

診療所からの時々の「往診」があって、

 

「90越えて体力が落ちてきたら寿命かも。

 病院に行きたくないなら、最期までここに居ていいんだよ」

 

と言ってあげられる、『ほんの少しの医療』。それだけでいいのかも。

 

 

 

番組では、町の保健師の能勢さんが大浦を訪問する様子も映っていました。 

 

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能勢さんは言います。

 

「ここで暮らし続けたいという願いを、

 いかにいろいろな人たちと支えるか、

 その方法を見つけていくこと

 私の役割なのかな」

 

 能勢さんたち肝付町は、大浦などの地域の見守りのために、各家庭にテレビ電話も設置しています。

 

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(能瀬佳子さん提供)

 

 

 

医療機関を設置することは出来ないけれど…

町として出来ないことはいっぱいあるけれど…

いずれなくなってしまう集落かもしれないけど……

 

こうして住民に寄り添って、

諦めずに『見守ってくれる人たち』がいる。

どんなに心強いことでしょう。

 

都市部のように、施設も病院も、訪問看護もない。

でもその代わりここには、

 

『きずな貯金』

『命を受けとめる住民の覚悟』がある。

『諦めずに見守ってくれる人たち』がいる。

 

 

都市部の施設でありがちな、

発熱のたびに救急車で病院へ行ったり戻ったり、

食べられなくなれば胃瘻を付けて延命処置…などの世界と比べたら、

彼らの『笑顔』と『満足』は大きいのかもしれません。

(おそらく医療・介護費も安いと思います。)

 

僕がいた北海道の中山間地「夕張」では、

財政破綻で病院がなくなっても
爺ちゃん・婆ちゃんが笑顔でした。

その背景には、

 

◯ きずな貯金

◯ 命を受けとめる市民意識

◯ 生活を支える医療

 

の3つがあったと僕は思っているのですが、

 

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(拙著:破綻からの奇蹟〜いま夕張市民から学ぶこと〜より)

 

 

もしかしたら大浦のお爺ちゃん・お婆ちゃんも、同じなのかもしれないですね。

 

 

あ、そうそう、忘れてはいけない以前の記事、
『医師のいない絶海の離島・十島村での看取りマニュアル』
   ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

www.mnhrl-blog.com

 

この十島村の住民の皆さんも、もしかしたら同じかもしれません。

 

 

 

 

…今回の放送で、僕はこんなようなことを考えました。

 

でも・・この僕の考え方、

今の世の中ではちょっと突飛かもしれませんね(^_^;)

 

皆さんはどう思われるでしょうか。

 

 

  

 

財政破綻後の夕張の医療を知りたい方はこちら

   ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

 

 未来に残すべき
『価値あるアイデア』を。

 

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日本医学ジャーナリスト協会
優秀賞受賞作品(2016)
★★★★★★★★★

財政破綻により病院がなくなってしまった夕張市、
しかも高齢化率は市として日本一。
果たして夕張市民の命はどうなってしまうのか?‥。
しかし財政破綻後のデータは、夕張市民に健康被害が 出ていないことを示していた。

事実、夕張市民は笑顔で生活していた。
「病院がなくなっても市民は幸せに暮らせる! 」
それが事実なら、それはなぜなのか?

本書は、その要因について、先生(元夕張市立診療所所長)と
生徒2人の講義形式でわかりやすく検証してゆく。

夕張・日本・世界の様々なデータを鳥の目で俯瞰し、
また夕張の患者さんの物語を虫の目で聴取するうちに3人は、
夕張市民が達成した奇蹟と、その秘密を知ることとなる・・。

少子高齢化や財政赤字で先行きが不透明な日本。
本書は、医学的・経済学的な見地から
医療・介護・地域社会の問題を鮮やかに描き出し、
日本の明るい未来への処方箋を提示する希望の書である。

森田洋之 著

 

書籍ページへ →

 

 

 

 

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爺ちゃん婆ちゃんが輝いてる!
職員がほとんど辞めない!
施設で職員の結婚式も!
最期は家族のようにお看取りまで…

…辛い・暗いの介護のイメージをくつがえす
「あおいけあ」流介護の世界。
加藤忠相を講師に迎えた講義形式で展開
される講義の受講生はおなじみのYさんとN君。

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超高齢化社会も、これがあれば怖くない!

 

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