Dr.森田の医療・介護お悩み相談室

1971年横浜生まれ。経済学部卒後、医師に。夕張市立診療所の元院長。財政破綻で病院がなくなっても夕張市民は元気だったよ!医療費も減ったよ!と論文やTEDxで発表したところ各界から総スカンを食らう。今は鹿児島県で診療・執筆・講演・研究・web発信などをしている。南日本ヘルスリサーチラボ代表、鹿児島県 参与(地方創生担当)

無医島の島民に学ぶ本当に豊かな『終活』

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「"離島での看取りマニュアル"。

 私は十島村が作ったこのマニュアルを他の地域に配りたくないんです。

 本当に大事なのはマニュアルではなく、

 住民と行政と専門職、警察も消防も・・関係各機関すべてが

 ともに人生の終末について考えて、

 悩みながら進んでいくことだから。

 『マニュアルがあればそれでうまくいく』

 そう簡単に考えられてしまうと、

 逆にその "みんなで悩みながら進む" という過程を

 ないがしろにされてしまいかねません。」

 

これは鹿児島県十島村(100人前後の有人島7つで構成されたトカラ列島の村)

の保健師さんからお聞きしたお言葉です。

 

僕は、昨年ご縁を頂きまして、この村の取り組みにほんの少しだけ

関わらせていただいています。

その関わりの中で、非常に考えさせられたのが上記の保健師さんのお言葉でした。

 

今回は、この保健師さんのお言葉から

本当に豊かな「終活」とは何なのか・・・

を学ばせていただきたいと思います。

 

離島の現実

 

そもそも十島村の島々には常に医師がいるわけではありません。

(看護師さんは島に常駐。医師は月に2〜3回の巡回診療と本土からの電話対応。)

 

鹿児島⇔奄美大島の航路を、島々を巡りながら運行する船自体が、

週に2回しか出ないという、まさに現代の秘境と言うべき島々です。

(天候しだいでは船が出ないことも多々あります。)

 

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(Google Mapより筆者作成)

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(深夜23時に鹿児島港を出港する「フェリーとしま」

 島々を巡って奄美大島に着くのは翌日14時過ぎ。写真は筆者撮影)

 

rito-guide.com

 

 

そんな大変な状況にもかかわらず昨年、

「末期がんだけど島で最後まで生活したい」と望まれた方が居られました。

 

医師が常時駆けつけることが出来ない中で人生の終末を迎えたいという、

その方とご家族の決断。

 

「出来るわけない。」

 

誰もがそう思われることでしょう。

 

そう、事実、十島村の島々ではここ10年ほど、

島での安らかなお看取りがありませんでした。  

島で年齢を重ねられたお爺さん・お婆さんが最期まで島で生活することは、

常時医師がいないこの島々では望めないことだったのです。

 

島で生まれ、島で育ち、島で結婚し子育てをされ、年齢を重ねられてきた方々。

最期まで島に居たいという思いがどうして叶えられないのだろう?

そう考えられた、村役場の方々・保健師さん・島民のみなさんが

県や病院の先生たち・警察・消防など関係各機関と一緒に、

力を合わせて血と汗と涙で作られたのが、冒頭の保健師さんが言われた

このマニュアルだったのです。

 

 

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(十島村における看取りに関する事務マニュアル

    〜住み慣れた島で最期を迎えるために〜)

 

 

関係各機関にも賛成意見・反対意見など様々な思いがあったと思います。

島民の思いが一つにまとまらないこともあったでしょう。

医師不在の中での人生の終末に不安があるのは当然です。

 

 

それでも、みんなで「島のお爺さん・お婆さんの人生」に思いを馳せ、

医療職・行政・警察・島民など関係者の誰に責任を押し付けるでなく、

島のみんなで「島のお爺さん・お婆さんの人生」をシェアしようという合意が出来た。

その血と汗と涙の道のりの結果がこのマニュアルだったのではないでしょうか。

 

 

 

「最期まで島に居たい」

 

さて、「末期がんだけど島で最後まで生活したい」と言われた方。

その後どうなったのでしょうか。

それがこちらの南日本新聞の1面トップ記事。

 

今年のお正月、その願いは叶えられました。 

 

 

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(平成28年8月22日、南日本新聞、1面)

 

 〜以下抜粋〜

 

余命とされた半年が過ぎても、須美雄さんは家族と穏やかな生活を送っていた。

10月の誕生日には食卓を囲んで66歳を祝うことも出来た。

佳津久さん(息子さん)は最後に親子で漁に出た11月のことが忘れられない。

「父は『海の上は気分がいい』と酸素吸入マスクを外し、

 気持ちよさそうに風を受けていた」

トカラの海が父に生きる力を与えているー。

そう思えた。

 (中略)

そして16年1月5日深夜。

「イヅミ(奥さま)がいてくれたから楽しかった」

 「佳津久にも、世話になったね」

枕元に寄り添う2人への感謝を口にし、須美雄さんは息を引き取った。

十島村での在宅死は実に12年ぶりだった。

 (中略)

「余命宣告から8ヶ月、在宅みとりの決意が揺らぐこともあったけど、

 あの選択は間違ってなかった。」

佳津久さんは今、心からそう思っている。

 

〜以上抜粋〜

 

生まれ育った島で、海の風を感じながらの終末期。

とても胸を打たれる素晴らしいお話です。

 

 

 

・・・でも、まだ疑問は解決されていませんよね。

 

そう、

「医師がいないのに島で看取りなんて出来るの?」とか

「法律的にはどうなってるの?」とか

「そのマニュアルを見たい!」とか

 

いろいろ言いたいこと、聞きたいことはあると思います・・・

でも、冒頭の島の保健師さんの言葉を思い出してください。

 

「大事なのはマニュアルではない、

 住民と行政と専門職、警察・消防・・・地域のみんなで

 人生の終末について考えて、悩みながら進んでいくこと」

 

医療とか介護とか、制度とか法律とか、出来るとか出来ないとか、

そんな現実は一旦置いておいて、

みんなで「このお爺ちゃん・お婆ちゃんにとって何がいいことなのか」

をゼロから考える、悩みながら、迷いながら、

地域のみんなで模索する。

 

  

・・・そう、実はそこからでないと何も始まらないのではないでしょうか。

マニュアルがあると・・病院があると・・答えがポンと提示されると・・

我々はついつい本質的なことを考えることを怠ってしまう・・。

 

 

高齢者医療の現実

 

ひるがえって日本全体を見れば、

日本人の多くが、自宅もしくは住み慣れた場所での最期を希望しているのに、

未だに死に場所は病院が8割。

 

もちろん、高齢になっても最期まで諦めずに

病院で胃ろうも気管切開も、中心静脈栄養も何でもしてほしい、

という選択は尊重されるべきでしょう。

 

 でも本当に8割の人がそれを希望しているのでしょうか?


高度成長で物が豊かになった日本。

車の不調は自動車工場、

家電が壊れたら電気屋さん、

パソコンの不具合はパソコン専門店、

 

何も考えなくても、専門家がいろいろな物事を自動的に、システマティックに

解決してくれる便利な世の中です。

 

でも、人の命の最期のともしびまで

自動的に、システマティックに解決してもらうことが

本当の豊かな人生のしまい方なのでしょうか。

 

 

お爺ちゃん・お婆ちゃんの「その人の人生にとっての正解」よりも、

専門家から「ポン」と 提示される

 

「医療から見た正解」

「マニュアルやシステムから見た正解」

 

が優先されてしまっているのでは?

 

医療を受ける側の市民も、

医療・介護システムやマニュアルの存在に安心してしまい、

「その人の人生にとっての正解」を考えることを忘れているのでは?

 

 

 

 

 

 

本当に豊かな「終活」って何だろう?

 

 

「終活の本」を読んだから、

「エンディング・ノート」にもろもろ書き込んだから、

 自宅の近くに「病院」があるから・・・

 

 だから大丈夫?もう安心?

 

その時になって、 

「お母さんにはいつまでも生きていてほしい」

と泣かれる娘さんもおられるかも・・

「治療法がないなら自然に・・・」

と言われる息子さんもおられるかもしれません。

 

いざその時!になる前に、 

みんなでしっかりと本心を語り合い、

誰もが迎えなければならない「人生の終末」について、

「あなたの人生の正解」について考える。

 

この道のりを経なければ、

「エンディング・ノート」というマニュアルも、

「近くの病院」という医療システムも、

・・・どんなに完璧なマニュアルやシステムがあっても、

 

あなたの幸せな人生にとって本当の意味で役立つものにはならないでしょう。

 

 

そう、 十島村の「看取りマニュアル」

それは、「島民の人生の終末期についてみんなで真剣に話し合った」

その血と汗と涙の道のりの証であり、

その血と汗と涙の道のりがあったからこそ須美雄さんは、

通常なら「出来るわけない」の一言で片付けられる

『常時医師のいない島で最期まで生活すること』が出来たのかもしれません。 

 

 

 

そう考えると、実はシステマティックに解決してくれる「医療」がない、

みんなで思いを話し合ってゼロからマニュアルを作らなければならない、

そんな離島の方々だからこそ、

 

 

本当に切実に、

 

「生きる」そして「死ぬ」

 

ということを考える機会を持てるのかもしれませんね。

 

 

 

 

まさにこれこそが、

 

本人・家族・地域全体で取り組む『本当に豊かな終活』

 

ではないでしょうか。 

 

 

 

・・保健師さんの「このマニュアルを他の地域に出したくない」というお言葉、

そして新聞の感動的な記事。

 

 

 

この2つから、僕はそんなことを考えさせられました。 

 

 

 

でも・・この僕の考え方、今の世の中ではちょっと突飛かもしれませんね(^_^;)

皆さんはどう思われるでしょうか。

 

 

 

 未来に残すべき
『価値あるアイデア』を。

 

 

 

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★★★★★★★★★

日本医学ジャーナリスト協会
優秀賞受賞作品(2016)
★★★★★★★★★

財政破綻により病院がなくなってしまった夕張市、
しかも高齢化率は市として日本一。
果たして夕張市民の命はどうなってしまうのか?‥。
しかし財政破綻後のデータは、夕張市民に健康被害が 出ていないことを示していた。

事実、夕張市民は笑顔で生活していた。
「病院がなくなっても市民は幸せに暮らせる! 」
それが事実なら、それはなぜなのか?

本書は、その要因について、先生(元夕張市立診療所所長)と
生徒2人の講義形式でわかりやすく検証してゆく。

夕張・日本・世界の様々なデータを鳥の目で俯瞰し、
また夕張の患者さんの物語を虫の目で聴取するうちに3人は、
夕張市民が達成した奇蹟と、その秘密を知ることとなる・・。

少子高齢化や財政赤字で先行きが不透明な日本。
本書は、医学的・経済学的な見地から
医療・介護・地域社会の問題を鮮やかに描き出し、
日本の明るい未来への処方箋を提示する希望の書である。

森田洋之 著

 

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