Dr.森田の医療・介護お悩み相談室

1971年横浜生まれ。経済学部卒後、医師に。夕張市立診療所の元院長。財政破綻で病院がなくなっても夕張市民は元気だったよ!医療費も減ったよ!と論文やTEDxで発表したところ各界から総スカンを食らう。今は鹿児島県で診療・執筆・講演・研究・web発信などをしている。医療経済ジャーナリスト、南日本ヘルスリサーチラボ代表、鹿児島県 参与(地方創生担当)

東京医大・女子減点は必要悪?現場の医師でもなかなか気づけない医療経済的な考察

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こんにちは森田です。

東京医大の問題、連日報道されていますね。なんでも女子と3浪以上の受験生は入試で減点していたとのこと。

 

…じゃ、「3浪でかつ女子」の場合ダブルで減点なのかな?(笑)

 

いやいや、そんな冗談言ってられないくらい、この問題本当は大きな問題を抱えているような気がします。

 

ということで、今回は東京医大の問題から日本の医療が抱える諸問題を考えてみようとと思います。

 

 

 


これまでの議論


ニュースサイトやSNSなど、医師の先生方や他業種の方々など、いろいろなご意見を拝見しましたが、なんとなく皆さんのご意見を要約するとこんな感じかな。と思います。

 

 

東京医大が女子を減点!それはひどい!なんで女子を減点するの?
 ↓
女性は体力勝負の外科や救急科になかなか入ってくれないし、妊娠・出産・育児などで職場を離れる期間もある。だから大学や病院はなるべく戦力になる男性医師がほしいらしいよ。(=女子減点は必要悪?)
 ↓
え?外科や救急ってなんでそんなにきついの?
 ↓
外科や救急はなり手がなかなか集まらずかなりの医師不足だから余計にきつくなるよね。いや、そもそも日本全体で医師不足、どの病院もギリギリの医師数でやってるみたい。
 ↓
日本はそんなに医師不足なの?じゃ、もっと医師を増やせばいいのに!
 ↓
いやいや、国の医療費はどんどん上がってて国の財政がピンチ。医師が増えると医師の給与も出さなきゃだから、今以上に医師を増やすなんて無理!ま、いつでも自由に病院に行けるような今の医療体制を国民が諦る、という手もあるけどね。
 ↓
え〜!?そんなのイヤ!そもそも、なんでそんなに医療費があがってるの?
 ↓
高齢化率もどんどん上昇してるし、そうなると医療を必要としがちな高齢の方々も増えてくるし、医療技術の進歩のおかげで高価な薬もでてくるから…
 ↓
ふ〜ん、お金がなくて医師を増やせないなら、今いる医師でなんとかするしかないじゃない?
 ↓
そう。そういう意味でも病院は、妊娠・出産・育児などで職場を離れる期間もある女性にもまして、外科や救急で72時間連続勤務してくれる男性医師は病院にとっても日本の医療にとっても大事な存在だろうね。
 ↓
え!?外科や救急は72時間も連続勤務しなきゃ回らないの?ひどい!
 ↓
いや、だから日本中で医師不足で……(以下無限ループ)

 

 

こんな感じでしょうか(笑)。

 

この流れに、「女性差別」「働き方改革」などが加味されている感じの記事が多いのかな?という印象です。

 

さてさて、ではこの無限ループを抜け出すにはどう考えたら良いのでしょうか?

 

 

 

医師不足?供給過多?


この議論の前提には、

 

「患者はどこでも同じく一定の割合で発生する、それに応じてどの地域でも大差なく病院や医師などの医療資源が整備されている。その上で医師不足になってるんだから困ったもんだ。」

 

という共通認識があると思うのですが、実はこれ、かなり「怪しい」と思います。

ま、僕も医療経済学を学ぶ前、病院で当直や救急をやってたとき(今でもしてますけど)は、「なんで現場はこんなに医師不足で忙しいんだ!もっと医師増やしてくれよ〜」と単純に思っていました。ですので、なかなか医師として現場で働くだけでは見えてこない視点なのかもしれません。

以下、僕なりの解釈を説明します。

 

 

 

医療の需要量・供給量は、県別で最大3倍差がある。


もし仮に「患者はどこでも同じく一定の割合で発生する、それに応じてどの地域でも大差なく病院や医師などの医療資源が整備されている」

 

というのが正しいのなら、各都道府県の人口あたり「病院数」「病床数」、県民一人あたりの「医療費」なんかもだいたい同じ感じになってるはずすよね。もちろん高齢者の多い県は医療費が高いとかそんな地域事情はあるでしょうが・・。

で、その実態が分かるグラフがこちら。

 

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縦軸の「県民一人あたり入院医療費」でみると、高いところで19万円の県もあれば、低いところでは8万円の県もあり、その差は2倍以上。

 

横軸の「病床数」でみると、多いところで人口10万あたり2400床の県もあれば、少ないところでは800床の県もあり、その差は3倍。そしてこの「入院医療費」と「病床数」にかなり高い相関関係が認められるということがわかります。

 

確かに県によって高齢化率の多寡も影響してくるでしょうけど、そんな医療費などに2倍も3倍も影響するほど高齢化率に差があるのかというとそんなことないでしょうし、新潟県や長野県のように高齢化率が高くても医療費の安い県もあります。

 

県によって人口当たり病床数に3倍も差がある…なんででしょう?それこそ病気の罹患率や疾患の発生率に差はないでしょうから、まさかその3倍の病床すべてが救急や手術などを行う急性期病院というわけではないでしょう。じゃ、どんな病床なの?というのが分かるのがこちらのグラフ。

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下から順番に濃いグレーが「精神病床」、薄いグレーが「療養病床」。つまり、この下から2つまでは一般に思われている「病院」のイメージ、つまり「救急」や「手術」などの急性期医療!という感じではない。どちらかと言うと、慢性期医療もしくは介護に近い医療ですね。(精神科救急と言う分野もありますが、ボリュームとしてはごく一部です。)

 

この下から2つ、「精神」「療養」の病床を足すだけで、多くの県で全病床の半分以上を締めていることがわかります。そう、実は今の病院医療はテレビドラマなどでよく扱われる「急性期医療」にもまして、より「介護」に近い医療に変わってきているんですね。

 

もちろん、そうした「精神」「療養」の病院の中でみんながハッピー!ならそれはそれでいいことなのかもしれませんが、鍵のかかった病院の中での管理された生活では、みなさんなかなかハッピーになっていない印象です。先日書いたこちらの療養病院の話なんかもそうですね。

 

 

www.mnhrl-blog.com

 

 

そもそもイタリアでは「精神病床」は撤廃されていて(正確には人口1万人あたり1床程度に縮小)、世界的にも精神病床は大幅に縮小傾向とのこと。詳しくはこちら(日本とイタリアの精神科医療の実態の差が冷静で公平な視点で書かれています)。

 

news.yahoo.co.jp

 

日本の精神病床では、もうすっかり精神状態も落ち着いて普通に生活できる人々が、「精神障害者への差別」や「生活拠点不足=家族や地域に受け皿がない」などの理由によって、鍵のかかった病院の中で10年以上麻雀や卓球やバレーボールなどをして生活している人もいます (;_;)。

 

 

あと、この話題になるとよく出る意見が、

 

「病床の少ない県は大変!医師不足の上に病院・病床も不足しているんならさすがにやってられないだろう、もっと増やそう!」

 

というご意見です。実際、このグラフの元案を作っているのは日本で一番病床の少ない神奈川県で、その神奈川県の意図は推して知るべしです。

 

ただ、これを国際比較で見るとまた全然違うものが見えてきます。それがこちら。

 

 

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日本は世界でダントツトップの病床数を持っているのですね。アメリカ・イギリスなどの先進諸国のだいたい4倍くらいの病床を持っていて、日本で一番病床の少ない神奈川県でさえ、アメリカ・イギリスの3倍弱の病床を持っています。日本で一番病床の多い県なんて、先進諸国の10倍近く病床を持っているんですからビックリです。

あと、CT/MRIの数も世界で1位。外来受診数は世界で2位です。

 

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疾患の罹患率や、事故の発生率には各国でも各県でもそんなに違いはないでしょう。特に日本なんかは治安もよく衛生環境も抜群にいいので、先進各国の何倍も疾患が発生してるなんて、まず考えられないですよね。でも、実際に病床は先進各国の4倍、県によっては10倍、世界一の病床を持っていて、CT/MRIも世界一、更に入院だけでなく外来受診数も非常に多いわけです。

 

あれ?

「患者はどこでも同じく一定の割合で発生する、それに応じてどの地域でも大差なく病院や医師などの医療資源が整備されている」

はずじゃなかったのかな?

 

そう考えると、実は医療の需要量・供給量というものは、「疾患の罹患率」や「事故の発生率」にもまして、その他の要素の影響の方がはるかに大きいのではないか?、各国・各県でこんなに医療提供量・需要量が違うことを棚にあげておいて「医師不足」とか「女性医師の労働環境」とかを論じててもあまり意味がないのではないか?とも思えてきます。

 

ではなぜ、そうなってしまうのでしょうか?僕はその根本に「医療市場の失敗」があるのではないかと思っています。

 

 

 

医療市場の失敗とは

 


「市場の失敗」なんて言うと難しく聞こえますが、簡単に言うと

 

「自由市場にまかせたら、国民にバランスよくもろもろ提供されてだいたいうまくいくだろうな〜、と思ってけど全然うまくいかなかったよ」

 

ということです。

 

日本の医療についてはまさにそれが当てはまるような気がします。

 

以前、こんな記事を書きました。

 

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 この記事を簡単にまとめますと、

 

感染症を克服したりして医療は国民から絶大な信頼を得るようになった。で、全国に病院がいっぱい出来た!(^O^)/

その一方で医療費が爆発的に上昇したので国は医療費抑制に乗りだした。

その結果、
◯病床数は制限が遅れて世界最大の病床が出来た。
◯きっちり医師数が制限されたので医師不足
◯診療報酬もきっちり制限された結果、病院は一回の診療単価が低くなるので回数で稼ぐようになり、外来受診数・CT・MRIなどの医療提供はきっちり増えていった。その結果、日本は世界第2位の外来受診数(米・英の約3倍の受診回数)
  ↓↓↓
世界でも稀に見るガラパゴスな「薄利多売の世界観」が形成された。

 

ま、簡単に言うとこういうことですが(本当はもっともっと深いのでぜひ元記事を読んでください)…

 

この、「医療市場の失敗」を理解するためには、「社会的共通資本」というお話が重要になってきます。

 

 

 

社会的共通資本とはなにか

 


ここでひとつたとえ話を。

A国では、警察の提供が民間企業に開放されています。もちろん、警察を開業するには厳しい試験が課された資格が必要ですし、市民の誰もが警察力の恩恵を受けられるように公的な資金が大きく投入されています。警察力の提供に伴う報酬額は、ボッタクリなどが発生しないように国が一律公定価格に設定していて、現場での警察報酬の9割は国が負担してくれます。

 

「すべてのサービスを市場に開放したほうが自由競争の原理で質の悪いサービスが淘汰され、結果として全体の質が向上する」と言う学説によって導入された制度です。

 

しかし、データを見ると、警察力の提供量は各地方で最大3倍もの開きが発生していました。犯罪率はどの地方でも一緒なのに、「検挙される人数」には3倍の差……そう、検挙一回につき国から報酬が$◯◯、留置場もガラガラより満員にしたほうが報酬が高い。住民の中には「留置場の中のほうが安心」という人までいて……。事実、留置場の数は隣のB国の4倍も多いのに、どの地方でも留置場は満員です。またどの地方でも「警察官が足りない!」と悲鳴をあげています。警察コストもどんどん上昇してしまったので、国は一回あたりの検挙報酬を下げるとか、警察官試験を厳しくして警察官は増やさないとか、そんなことでコストを抑えようとしています。本当は増えすぎた留置場の数を減らしたいのですが、留置場の殆どは民間企業の持ち物なので国の強制力は及びません。

 

 一方お隣B国では、「警察力というものは個々の経済的主体によって私的に運営されるべきものではなく、社会全体にとって共通の資産として、社会的に管理・運営されるべき。だから、警察力の提供を市場に委ねず、全部一括して国が管理する」ということに決めています。今の日本と同じ感じですね。

 

ですので、各地方で人口あたりの警察力というのもバランスよく計画的に配置されていますし、留置場がガラガラになってきたら「それは素晴らしいこと」とみんなで喜べます。留置場の数も、A国の1/4です。国が使う警察コストも年々上昇していて一部で問題視されてはいますが、国民の大半は国の治安維持に対するコストについて納得しています。

 

 もうおわかりですね。「警察」を「医療」に置き換えればそのまま、A国が日本で、B国が「ヨーロッパの先進各国」なのです。実は日本ではあまり知られていませんが、ヨーロッパの国々では、「医療」=「公的サービス」なのです。この「公的サービス」が「社会的共通資本」という考え方で、これは故・宇沢弘文先生によって、市場原理主義へのアンチテーゼとして提唱されたものです。

 

「そんなの社会主義への逆行では!?」

 

というご意見もよく聞くのですが、それを言ったら日本では警察も消防も「社会主義的運営」ですし、医療だってそもそもは非常に「公的」な性格を有するる分野ですから警察・消防と同じく「社会主義的運営」でもいいはずです。なぜその供給を「市場」に開放しているのか、その方が不自然なのではないかな?と僕は思っています(おそらく、戦後の人工爆発&高度経済成長の時代に、スピード感を持って病院を整備してくれるのを期待したのでしょうけど)。そんな意図で少し不謹慎なたとえ話を作ってしまいました。多分また多方面から怒られると思います(^_^;)。

 

社会的共通資本についてはこちらで詳しく書いています。

 

www.mnhrl-blog.com

 

 


ということで、今回の要点は、

 

東京医大女子減点!?医師不足なんだから必要悪?
 ↓
いやいや、日本の病床はヨーロッパの4倍。
そもそもが供給過多なんじゃないの?
 ↓
なんで日本には病床が多いの?医療市場の失敗?
 ↓
「社会的共通資本」の考え方が必要だよね。


という流れでした。

 

 

 

 

 

あわせて読みたい

 

 今回のような話題満載の著書です。

 

 

 

 

 

 

 

 

医療による対応に限界が見えたとき、僕たち医師は何が出来るのだろう。〜社会的処方とは何か〜

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写真はイメージです。

 

 

先日、療養病院(長期に渡って医療・介護が必要な高齢者が主に入院している病院)で当直をしていたら夜中に看護師さんから電話がかかってきました。

 

「患者さんが暴れています。鎮静剤を注射してもいいですか?」

 

物騒な話ですが…(^_^;) ま、病院では実際よくあることです。
病室に行ってみると、90代の女性患者さんがうめき声をあげながら、手を動かして手袋を外そうとしていました。どうやら点滴の管も抜いちゃった模様。

 

僕は当直の夜間対応のみ依頼されている通りすがりの医師ですので、この患者さんの顔も名前も全く知りません。聞けば、重度の認知症があり、食事摂取が徐々に減ってきたため先月胃ろうが作られたと。更に先週からは「尿路感染(膀胱炎などのこと)」をおこして、抗生剤の点滴で治療している、とのことでした。

 

で、点滴の管をすぐに抜くから手には手袋(料理用のミトンのようなもの)をつけられて、でもだんだん「尿路感染」の方は治まって、熱も下がってきて元気になってきたと思っていたら、今夜暴れだした…と。

 

僕は看護師さんに尋ねました

「なるほど…患者さんはどうして暴れているんでしょうか…?」

看護師さんは答えます。

「熱が下がって元気になったからじゃないですか?」

「元気な人はみんな暴れる?…あなたも元気そうだけど暴れてないよね」

「え?…ま、そうですけど・・」

 

こんな感じの会話をしながら、患者さんと同じ目線で、目を見てゆっくり、肩をさすりながら「どうしたんですか?」と話しかけたら、患者さんが小声で「これ(ミトン)・・」と。

 

僕は看護師さんに言いました。

「このミトンが嫌みたいだけど・・」

「でもミトンがないとまた点滴を抜くかもしれません。」

「じゃ、もう点滴抜いててもいいかもね。熱もさがってるし、抗生剤は胃ろうからの内服薬に変えていいんじゃない?」

「いいんですか?」

「ま、点滴がベストだけど、内服でもそんなに変わらないと思うよ。」

 

ということで、その場でミトンを外しちゃいました。

患者さんは涙を流して喜んで、スッと寝入ってしまいました。

もちろん「鎮静剤」の注射も必要ありませんでした。

 

ただ、残念ながら僕に出来たのはここまでです。

もしかしたらまた翌朝、主治医から点滴・ミトン継続の指示が出たかもしれません・・医学的に言えば、それまで奏功していた点滴の抗生剤を継続するのが正解でしょうから(…尿培養はでていませんでしたし -_-; )。

 

 

 

先日こんなこともありました。

80代の女性、かなり前に胃癌の手術で胃の2/3を切除。そのせいで食事が十分に入らず、徐々に痩せてきたとのこと。最近訪問診療の担当になった僕にはここまでに至る詳細な経過がわからなかったのですが、とりあえず現在は中心静脈栄養(首の下の太い血管に入れる点滴栄養法)と普通の食事を併用しながら、在宅生活をしています。いつも悲しそうに「もう生きていたくない」とつぶやくように言われる方でした。

 

聞けば、若い頃は保険の外交員を30年もやっていたバリバリのキャリアウーマンだったと。今は体もやせ細っていて声も小さくしかでませんが、頭脳は明晰で判断能力には一点の曇りもありません。

 

「胃ろう」という選択肢も当然浮かびます。ただ、これまでどういう経緯でここに至ったのかがわからないうちに、いきなり人生の大きな選択を口にするのもどうなのか・・など考えていたとき、

 

そういえば、なんで食が細いのか?

  ↓

ご家族も忙しいのでいつも一人で食事?楽しくが出来ていないのかも

  ↓

試しに僕らが一緒に食べたらどうかな?

 

と思いつき、彼女の好きなお寿司の弁当をコンビニで買っていって、訪問診療後にみんなでランチをしてみました。

すると、太巻きも食べるわ、おかずも食べるは、、なかなかの食事量。今まで見たことのないような笑顔を見せてくれました。やっぱり大勢でワイワイ食べると違うんですね。


医療的な処置にもまして、「孤独の解消」や「食事を楽しむ」という『社会的』な要素がいかに重要なのかを知ることができ、とても感激しました。

 

もちろん、医師は手術・点滴・飲み薬などの医療的ツールで患者さんに対応することが第一義でしょう。しかし、高齢になると医療による対応では限界がみえることもあります。それが患者さんの希望に沿っていることなのか?患者さんの幸せに貢献しているのか?そこまで考えると、我々が持っている「医療」というツールは、時にそれを阻害してしまうこともあるということを考慮しなければいけないでしょう。1例目の「点滴」にこだわるがゆえの「ミトン」はまさにその例と言ってもいいでしょう。

 

さらに言えば、僕らが得意とする「医療」というツール以外にも、患者さんの幸せに貢献できる方法があるかもしれない。「孤独」や「社会的孤立」は、特に介護が必要な高齢の方々にとって健康を害する大きな要素になりうる、僕は先述の2例目の患者さんからそのことを教わったと思います。

 

…しかし、ただでさえ忙しい医師が今回の僕のように「患者さんと食事をとる」ことまでしていては身がもたないでしょう。(ご飯時にそこに行けるか、という不確定要素もありますし。)

 

ただ、たとえ実際に現場で一緒に食事をしなくても、そうした「社会的」な視点を持っておくことはとても重要だと思います。事実、これは英国の医療システムではすでに『社会的処方 Social Prescribing 』として組み込まれていて、なんと医師の処方権になっているそうです。

 

つまり、患者さんの医療的な問題が「孤独」や「社会的孤立」から発生していることが予想されたら、その患者さんを「地域のコミュニティーにつなぐ」という処方箋を医師が発行し、それを受けた地域のNPOなどが実際に患者さんをコミュニティーにつないでいく、ということです。こういう「社会的」なことが医師の「処方箋」として扱われている、ということに驚きです。さすが『患者中心の医療』が発達している英国のシステムです。『社会的処方』については、僕もまだまだ不勉強ですので、これからも勉強しつつ紹介していきたいと思います。

 

 

そう、そんなこと言っている僕も決して偉そうなことは言えません。すべての患者さんに対して「社会的な視点」で見られているかといえば、まだまだですので…。今回は自戒を込めての投稿でもあります。

 

 

でもこんな考え方、今の医療現場ではまだまだ突飛かもしれませんけどね(^_^;)

皆さんはどう思われるでしょうか。

 

 

 

 

 

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【医師直伝】熱中症!救急車呼ぶ!? 病院行く!? 画像一枚で分る判断基準

こんにちは森田です。

今年の暑さは半端ない!ですね。それはもう「危険」なレベルです。

 

ということで、緊急告知。

 

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環境省 熱中症予防情報サイト http://www.wbgt.env.go.jp/heatillness_checksheet.php

 

熱中症の救急対応にもいろいろなマニュアルやフローチャートがありますが、環境省が出しているこのフローチャートが一番わかりやすく、的確だと思います。

 

この夏、危険です!

是非拡散してください!

 

そしてチャート中の【チェック1】「熱中症を疑う症状」の参考にこちら

  ↓↓
www.mnhrl-blog.com

 

 

【チェック3】「水分摂取」のときの参考にこちら

www.mnhrl-blog.com

 

をご参照ください。

 

【追記】 

本当に重症の熱中症(=体温が40度まで達するような「熱射病」)の場合は、「首や脇の下を氷のうで冷やす」くらいでは追いつかないようです。

一刻も早く「水風呂に入れる」やそれが無理なら「水道水を体にかけ続ける」などの緊急処置を行ってください。これは一刻を争う病態ですので、現場にいる人が始めないと助かる命も助かりません。知っておいて良い知識ですね。


詳細はこちらに詳しく載っています。

nettyuusyo.com

 






 

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